毛や羽根を形にして残す〜メモリアルグッズ〜

私は10年前に愛猫ぷうを見送りましたが、心残りがありました。

毛をもらっておけばよかった!

余命がそう長くはないとわかってから抜け毛を少しもらっておいたのですが、高齢で毛繕いができなくなり、痩せてしまってブラッシングも嫌がるようになったので、残っているのはガチガチになってしまった毛玉です。今も時々、あの子の柔らかな毛に触れたいと思うことがあります。

同じ後悔はしたくない。今いる子たちは、元気なうちにと時々毛をカットしたり、落ちているおひげを保管しています。

 

5歳記念につくった〝ペット筆チャーム〟

 

先日つくった10歳記念のチャーム

5年前よりも少し白髪が混じってきました。また5年後、元気に15歳の誕生日を祝えますように。願いを込めて。

 

ワンちゃんは、トリマーさんにお願いすれば毛をもらうことも可能かと思われます。少しずつ白髪が増えたり、毛質がかわるのも見届けたい。

 

 

kukuちゃん 〝おやすみAngel虹色のゆりかご

ご家族が大切に保管されていたkukuちゃんのおひげを、羊毛フェルトでおつくりしたお顔に。

 

ちびちびちゃん ペット筆チャーム

 

チョコちゃん ペット筆チャーム 専用フォトフレーム

 

リンちゃん ペット筆チャーム 専用フォトフレーム

 

ソラちゃん ペット筆チャーム 虹まもり

 

ピピちゃん ペット筆チャーム

 

シャーロックちゃん ペット筆チャーム 虹まもり

 

ロメオちゃん ペット筆チャーム 虹まもり

 

少しもらっておけば、形にすることができます。時々触れたり、眺めたり。一緒にお散歩したり旅行したり。

形に残したいご家族には、抜けたおひげや羽根を清潔に保管しておくこともおすすめします。

必ずいつか見送る日が来てしまうから

どうか悔いが残りませんように。

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ちいさな家族にありがとう 虹の架け橋ぷう

よく耳にする「後悔していること」

元気なときにしておけばよかった

もっと写真をたくさん撮っておけばよかった

多くの方がおっしゃいます。撮っているつもりだったけれど、見返してみると少ない。お顔を正面から、横からも、後ろ姿も可愛いし、お散歩中のうきうき顔も笑顔も、シュンとしたお顔も、尻尾や足が見える全体の姿もたくさん撮っておけばよかった。

動画も撮っておけばよかった。あの子の声、夢中でおやつを食べる真剣な目、甘える姿、いたずらが見つかってとぼけるお顔も、ちょこちょこ逃げる後ろ姿も。

 

もっと遊んであげればよかった

忙しくて後回しにしてしまった。構ってほしい仕草をしていたのに見ないふりをしてしまった。

「あとでね。」どんな気持ちで待っていたのかな。遊び始めたら、撫でたら、抱いたら、あんなに嬉しそうなお顔を見せてくれた。もっとたくさん遊んであげられたかな。

 

もっと早く不調に気づいてあげられていたら

定期検診には通っていたけれど、なんとなく食欲が落ちてきていると感じていたのに、歳のせいかと見過ごしてしまった。

粗相をするようになってきたのを見過ごしてしまった。悪気はないとわかっているのに怒ってしまった。

 

お別れが近いのなら、好きなものをもっと食べさせてあげればよかった

健康のため、療法食しかたべさせてあげてなかった。

もしも余命がわかるなら…

あの子の好きなものを食べさせてあげればよかった。あの時食べたがっていた生クリーム。あの時少しだけもらって嬉しそうに食べたケーキのスポンジ。お肉もお魚も果物も、もしも残された時間がわずかだとわかっていたら…食べさせてあげればよかった。

残された時間がわずかだと感じていても、認めたくなかった。だから体にいいとされるものしかあげられなかった…。

一緒に写真や動画を撮っておけばよかった

いつでも撮れると思っていたけれど、あの子との時間は永遠ではなかった。

 

間に合うことはなんでもしておきたい。

今いる子との時間を大切にしよう。

 

ちいさな家族にありがとう 虹の架け橋ぷう

 

ひとりで頑張らないで。

今、ちいさな家族の介護をされているご家族に届きますように。

気の抜けない毎日をお過ごしだと思います。治療をどこまでするのか、手術を受けるか緩和ケアに入るか…。難しい選択をしなければいけないこともあると思います。

少し前まで歩けていた。サポートすれば歩けていた。好きなものなら食べていたのに何をあげても食べなくなった…。出来ていたことが少しずつできなくなってきた…。

呼んでも振り返ることがなくなってきた。大きな音にも反応しなくなった…。

夜、鳴くようになった。オムツをし始めたけれどLサイズからMサイズに、そしてSサイズに…。

 

出来ていたことができなくなり、泣けてしまうこともあるかと思います。

そして、正解のない選択をしなければいけない場面が幾度もあるかと思います。お仕事や家事、育児やご家族の介護など、毎日することがある中で、目を離せない状況になることもあると思います。

お風呂は短めに急いで済ませ、食事は立ったままで、なんてことにもなるかもしれません。「目を離したときに何かがあるかもしれない。」そう思うと気が気ではありません。

夜鳴き、食事サポート、おむつ交換。鳴き止むまで抱いたり撫でたり。寝不足でイライラしてしまうこともあるかもしれません。

頼れる人はいますか?

話を聞いてくれる人はいますか?

共感してくれる人はいますか?

 

責任感の強い方、介護することが初めての方、ちいさな家族を見送られたことがない方に、ご自身を強く責めてしまう方が多くみられます。悲しいですが、介護は永遠に続きません。今、心配事が多すぎて倒れてしまいそうなご家族のみなさん。どうか、人を頼ってください。ご家族、ご友人、ご近所の方。そしてペットシッターさんや短時間預かってくれる施設なども増えてきました。専門家に相談したり手伝ってもらうことは、その子のためにもご家族自身のためにもなるかと思います。今はみまもりカメラやテレビ電話などもありますし、ご心配であればそういったものも利用し、少しご自身の体や心を休めませんか?

ひとりで頑張らないでください。どうかご自身も労ってください。食べて、寝る。できていますか?

これからの時間が、ご家族とご家族の大切な子との時間がどうか穏やかでありますように。

 

そしてもしもその時そばにいられなかったら。今まで積み重ねてきた幸せな想い出を胸に抱いて旅立ったと…最期の瞬間もひとりではなく、ご家族の匂いや想いに包まれて安心して旅だったのだと…いつか思えますように。 

 

彼らの時間はわたしたちよりずっと短いからこそ、今を大切に。彼らの心の拠り所であり頼られ愛されているご自身もどうか大切に。

 

ちいさな家族にありがとう 虹の架け橋ぷう

みんなのお弁当

キミがいつでもお腹いっぱい楽しく過ごせるようにお弁当を用意しました。

いつものカリカリ、ごほうびのおやつ、家族の食卓で食べたそうにしていたもの、体に毒があると聞いてあげなかったもの、特別なときに食べたごちそう

たくさん食べてね。

お空では、みんなでお弁当の自慢大会しているかな。それとも、ママやパパの自慢大会をしているかな。お腹いっぱい満足してたくさん遊んで、充電できたら帰って来てくれるな。それとも、待っていてくれるのかな。

どこにいても、キミが幸せでありますように。

また逢えたとき、合標になるよう家族の匂いのついたハンカチも持って行ってね。きっとまた逢えるから。そう信じて生きていきます。

生まれてきてくれてありがとうね。家族になってくれてありがとう。

ちいさな家族にありがとう 虹の架け橋ぷう

ぷーと私の10年 Part3

心で今もつながっているぷーちゃん。

 

心陽(こはる)風雅 珠輝

ぷーの家には今3匹の猫がいます。ぷーを見送った4ヶ月後に家族になった〝風雅〟と、風雅が寂しくないようにと迎えた〝珠輝〟と仕事でよく行く場所で出逢った〝心陽〟

今、この子たちと生きています。

 

2015.8.28 ぷー永眠

2025.12.8 風雅が家族に

2015.12.24 珠輝が家族に

2017.4.2 虹の架け橋ぷう 活動開始

2021.3.27 心陽が家族に

2021.4.2 松本市村井町に店舗オープン

この子たちが原動力になっています。

ぷーを見送ったとき、現実から逃げたくなるくらい、記憶を失くしたいくらい辛く立ち直れそうになかった頃。「もう2度と迎えない。こんな悲しい日が来るなら寂しくてももう迎えない。」

そう思っていた私がわずか4ヶ月後に風雅を迎えました。長い長い4ヶ月でした。どんな風に気持ちがかわっていったのか、言葉では説明がうまくできません。ただ、SNSで見かけたボロボロの仔猫が人に助けられ、元気になっていく様子を見ながら居ても立っても居られなくなったような、もし私のところに来てくれても、またいつかいなくなってしまう…。怖い…。そんな風に1人であれこれ想像していましたが、里親募集をすると聞いたとき、反射的に申し出ていました。

別れは辛いけれど、ぷーと過ごした時間にどれだけ幸せをもらったか、どれだけ毎日が充実していたか

思い出しました。

いつかこの子たちを見送るその日まで、この子たちが幸せでありますように。私自身が幸せであるように。ぷーが頼ってくれたはずの、たくましいお母でいられるように。

ぷーを見送って10年。相変わらず、いつか来る別れを想像するだけで泣けますが、私なりにこの子たちを愛し、日々、幸せをかみしめています。

そして、みんな必ずいつか…。そのときに少しも悔いがない、というご家族は少ないかと思いますが、大切なお見送りは悔いが残りませんように。心から悲しんで、泣いて、でも幸せだったことも忘れてしまわずに「ありがとう」と送ってあげられますように。とても辛すぎて言葉が出ないかもしれませんが、きっと伝わっていると思うのです。

涙も嘆きも、その子を想っていれば当然のこと。でも「大好き」「可愛いよ」「いい子だね」

そんな言葉を最後に聞けたら、安心して旅立てるのではないかと思うのです。

ぷーがもうすぐ遠くに行ってしまう。そう感じていたあの頃、どんなに辛くても最後に必ず伝えようと決めていました。

大好きだよ。ありがとう。

 

ちいさな家族にありがとう 虹の架け橋ぷう

 

愛猫〝ぷう〟とお母が虹の架け橋に。

愛猫の三回忌法要

桜の季節は…。

天使からの警告。

気になるあの子

気になるあの子〜あれから一年〜

愛猫ぷうの七回忌法要

 

 

ぷーと私の10年 Part2

ぷーが私のとなりからいなくなり、数ヶ月が経ちました。

毎日お風呂場で声をあげて泣いていました。後悔ばかりでぷーに謝っては自分を責める。ボロボロだった数ヶ月。何年にも感じられるし、ついさっきまでぷーがいたような気もするし、本当は最初からぷーはいなかったのではないか、とも思える…。ぷーを想うとき、かわいかった元気な姿ではなく、寝たきりになり介護が必要になった晩年の姿しか思い出せなくなっていました。

そんな時に見かけて気になっていた仔猫。SNSで繋がり、ぷーの介護中も親身になって応援してくれていた方のご自宅に現れたちいさな子。丁寧にケアして、心配事があればすぐに病院に連れて行き、毛玉も傷ついているであろう心もほぐして優しく愛情たっぷりに育てている仔猫の里親を募集されることになりました。

「ぜひ私が!私でよければぜひお願いします。」

この子にはもうひとつの家族がいます。

深夜にご自宅の庭に棄てていかれたらしい小さな子。この子を保護し、汚れたお顔や体を綺麗にしてくれ病院にも連れて行ってくれ、落ち着くまで大切に育ててくださったご家族。愛情いっぱい優しく接してくれていたから別れはお辛かったと思います。涙と笑顔で見送り、私に託してくださいました。

ずっしり責任を感じつつ、一生大切にしていこうと誓いました。

名前は〝風雅〟とつけました。

〝ふーちゃん〟と呼べる。〝ぷーちゃん〟と何万回も呼んできたようにこれからたくさん話しかけよう。いつか…その日が来るまで大切に大切にしよう。

 

ぷーと私の10年 Part1

2015.8.28   愛猫ぷー 永眠

あの日から丸10年が経ちました。

いつもそばにいたぷーちゃん。

私の腕枕で寝て、朝はカーテンを開けに立つだけで寂しがるので、抱っこしてカーテンを開けてリビングに移動して、ゴミ捨てに出ると外まで聞こえる大きな声で鳴くので急いで帰り膝の上で撫でる。時間の許す限り一緒に過ごしたね。

そんな毎日が長く続いたことは、今でこそ奇跡と思っているけれど、あの頃は当たり前に明日もその先も続くのだと信じていました。

Screenshot
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20歳近い頃、郵便屋さんに「可愛い仔猫ちゃんですね。」と言われたことがありました。そう、ふわふわで毛艶もまあまあ良く大きなグリーンアイが綺麗な自慢の子でした。

若い頃より甘えん坊になり、気は強いけれど優しく、よくしゃべる女の子。ハスキーな声が懐かしい。いつも私について歩いて、お風呂やトイレの前で待っていてくれて、帰宅すると必ず玄関前で迎えてくれた…。幸せ過ぎるほど幸せな時間でした。

体は少しずつちいさくなっていきました。お世話ができた時間。今ならそれも幸せだったと思えるけれど、当時は辛かった。

いつかふたりで過ごす時間が止まることが怖かった。

辛い思いはさせたくない。けれど生きていて欲しい。

「お母をひとりにしないでね。ずっとそばにいてね。」そんなことを何度も言ってしまった。当時は気持ちがグチャグチャで、ぷーの気持ちより自分の気持ちを優先していたのだと思います。

身内に言われた言葉が鋭く私の心を刺しました。

「ぷー、よぼよぼじゃん。もう楽にしてあげなよ。」

なんでそんなこと言うの?言われなくてもわかってはいるんだよ…。当時の私にはきつい言葉でしたが、身内のぷーへの優しさでした。正直〝安楽死〟は一切考えていなかったけれど〝延命〟のためにこのあとしてきた強制給餌などが、ぷーを苦しめてしまったのではないか…。ぷーの呼吸が止まってしまったあの日から、答えがわからないまま、後悔や悲しみで心がつぶれてしまいそうな日々を過ごすことになりました。

見るのが辛くてDVDに移しスマフォから消してしまった写真を少しずつ戻しました。

友人に教えてもらった手作りウォーターベッドに寝かし、部屋の掃除やケア用品の洗浄などをして、これからも続くであろう介護生活のために英気を養おうと途方5分かからないスーパーに食料を買いに行き走って戻り、ぷーにサーモンのお刺身を湯通ししペースト状にして口に運んだけれど、もう舐めることもシリンジのお水を飲み込むことも…。

この翌日、永遠の眠りにつきました。

姉に電話で報告し、次にお世話になった獣医さんにご報告し、火葬場の連絡先を教えてもらいました。でもこの現実を口にすると涙が出てしまい、話すことができなくなります…。友人に来てもらい代わりに火葬場を予約してもらったりドライアイスを買ってきてもらったり、助けてもらいました。

職場にも連絡を。猫の葬儀が理由では休ませてあげられないと言われ、火葬は1週間後になりました。1週間、ひたすらドライアイスをあてながら冷房で限界まで室温下げ、長座布団に寝かせたぷーに添い寝して過ごしながら、仕事にも行きました。

そして、ぷーに触れられる最後の日。朝方、ぷーの夢を見ました。

よぼよぼした最近のぷーが、私の膝に手をかけ仔猫を出産し、私の父親がとりあげ拭いてくれる夢。父は先に亡くなっていたため、ぷーの旅立ちを手伝いつつ、私に希望を残してくれたのか…そんな風に感じる夢でした。実際にしばらく後、私に出逢いがありました。

介護中、SNSでつながった猫仲間の方からお花や手紙、手作りのシュシュや似顔絵などが届きました。なんてありがたいことでしょう。ひとりで介護していたため、不安でいっぱいになり心が乱れたときも励ましていただいたり、力をもらいました。

肉球は生前に複写式のキッドでとったもの。嫌がり動いてしまったので綺麗にとれず、亡くなってから飾りましたが、どうして見送る前にとらなかったか…と後に悔やむことになりました。

毛ももらっておけばよかった!抜け毛だけ少し保管してありますが、カットした毛とは違うんです。尻尾の黒い毛、白い毛、グレーの毛。それぞれ残しておけばよかった…。との経験談は今も人に伝えています。

残ってしまったフードやケア用品を必要とする子たちへ 「つなごう命のバトン」

今でこそ、人や猫たち、ワンちゃんたちのために何かお役に立てたらと思い出来ることをしていますが、当時はある程度を友人の猫ちゃんに分け、お供えを毎日豪華にし、爪研ぎやトイレ、キャリーや首輪など使用していたものは綺麗に洗ったり拭いたりして今もたくさん保管しています。使用済みの点滴針は、ずいぶん経ってからようやく病院に持って行きあとのことをお願いしました。

リビングに祭壇を設け、1日2回のお供えと絶やさないよう買い足してきたお花。ひたすらお線香を焚き泣いて過ごして迎えた四十九日。

寝室にはミニタワーを祭壇にし、夜はぷーの遺骨を寝室に移し、朝はリビングに戻す。情緒不安定でボロボロながら少しずつ前に進もうと、重い腰をあげ四十九日に祭壇を縮小し、遺骨を移動することをやめました。

それでも気持ちはなかなか前に進めません。仕事中以外は常に泣いていたような…。1人になったら車でも家でも、うっかり外でも泣いていました。ホームセンターやスーパーのペットコーナーは小走りで通り過ぎました。

帰宅が深夜になる日は出勤前に買い物し、職場の冷蔵庫に鮭やカジキマグロの切り身を入れておき、帰ってから焼いてほぐしてぷーに。残りを私がいただく。そんな日々を過ごしていた頃、職場では私がおかしくなったのではないかとザワザワしていたと後に知りました。

全く立ち直れる気がしない。お腹を空かせたまま眠りついたぷーに悪くて、お供えの残り以外を食べることに罪悪感。あれこれ考え自分を責め、ぷーに謝る…。人前では立ち直った風に振る舞っていても、1人になるとまた泣いて自分を責める、その繰り返しが永遠に続きそう。相変わらず不安定な私に、普段クールな身内から珍しく電話がかかって来ました。

「あんた、ぷーの所に行きたいなんて思ってないでしょうね?」

あっ!そうか。私は最低限だけ食べながら、どんどん痩せていずれぷーの所に…と無意識に行動していたのか。久しぶりに現実に戻った気がしました。それまで心がどこかに行っていたような、ぷーのいない現実を受け止めたくなくて、現実逃避していたのか。

このままではいけない。ぷーはあんなに頑張ってくれていたのに。目いっぱい生きてくれたのに。たぶんとっくに限界だったのに、私のために頑張ってくれていたのだから。

もう2度とこんな悲しいことはイヤ。もう猫は迎えない。そう決めていたけれど、このポッカリ大きく空いた穴を埋めなければ生きて行けない。大きな穴は猫でしか埋められない。SNSで猫を見るのは複雑な気分になっていたけれど、「深夜に自宅に誰かが仔猫を投げ捨てて行った!」とショッキングな記事が目に留まり経過をハラハラしながら注目していました。そして、ご自宅には複数の先住猫がいるため里親を募集すると。「ぜひ私が!」手を挙げていました。

その子が、たった今も私の横で寝息をたてているこの子です。虹の架け橋ぷうを立ち上げるきっかけはぷーとの別れでしたが、活力となったのはこの子とその後迎えた子たちの存在です。

Part2に続きます。

第4回 ちいさな家族の合同供養祭

第4回 ちいさな家族の合同供養祭

今年も無事に執り行うことができました。

今回もエンディングホールあかりえにしホール
さんに全面的にご協力いただき、広く綺麗な会場、豪華な花祭壇、細かなことも助けていただき誠にありがとうございました。
生蓮寺ご住職の丁寧なご読経、気さくなお人柄に
みなさんの緊張も少しずつほぐれた様子で
とても和やかな時間となりました。

当日、ご事情があり3家族のキャンセルが出てしまいましたが、18家族、26名様にお越しいただき
9ワンちゃん、28猫ちゃん、3インコちゃんの
ご供養をさせていただきました。

あらかじめお送りいただいた〝ちいさな家族〟のお写真とその子へのメッセージは
プロジェクターで流し、それぞれの想いを語っていただきました。
話しても涙、耳を傾けても涙…。
でもそれは、大切な子を想うあたたかな涙でした。

一緒に過ごした時間は確かなものです。
消えることはありません。
今、あの子たちに触れることはできませんが
きっといつか、再会できる。
それまでまだまだ泣いてしまうかもしれませんが、いつかまた笑顔で会えると信じて。

たくさんの幸せをくれたあの子たちに
心から「ありがとう」

お越しいただきましたみなさま
エンディングホールあかりえにしホールのみなさま、生蓮寺ご住職、そしていつも準備や受付など手伝ってくれ、助けてくれる猫ママ友のみんな、ありがとうございました。

第5回、6回…
と続けていけますよう、応援していただけますと幸いです。

ちいさな家族にありがとう 虹の架け橋ぷう
ぷうのお母こと、本木より感謝を込めて。

#第4回ちいさな家族の合同供養祭
#ちいさな家族の合同供養祭
#愛犬供養 #愛猫供養 #愛鳥供養
#長野県のペット葬儀 #松本市 #塩尻市 #安曇野市 #山形村 #朝日村 #虹の架け橋ぷう

お茶菓子は昨年に引き続き @konfekt_von_kei さん
可愛くて美味しいお菓子をありがとうございました!

お名前バッジはアイコンやリーフレットもお世話になっている @hanadesign_matumoto さん
いつもありがとうございます!

エンディングホールあかりえにしホール
の大橋さん、みなさま、ありがとうございました!
花祭壇が素敵でみなさん感動されていました!

信州は冬に向かって急激に気温が下がってきましたが、みなさまどうかご体調を崩したりされませんようご自愛ください。

 

こんな世界があったら

先日、松本平で見えた虹の橋。

あの子たちは、今どんな世界にいるのだろうか。聞かれたことがあります。

あの子は今どこにいますか?

答えることはできませんでした。でもその場にいらしたご住職がおっしゃいました。

「私たちが忘れない限り、これからもずっと心の中にいる。」

忘れない。忘れたくない。

でも時間は流れていくし、私たちはずっとそこにいることはできません。

それにあの子もきっとそこに大切なご家族が止まっていることを望んではいないはず。

時間がどれだけかかっても、少しずつ少しずつ

あの子が大好きなご家族のいつもの笑顔が見たいはず。

 

こんな世界があったら。病気や空腹とも無縁のキラキラした世界。そこにはみんながいる。

どの子もみんな幸せに満ちている。

誰も、誰かのことを責めたりしない。

お母さん、自分を責めないで。お父さん、心配しないで。お兄ちゃん、お姉ちゃん、これからも続く長い人生笑って過ごしてくれたらそれが1番嬉しいんだよ。

 

 どこにいても、今もこれからもずっとずーっとキミたちが幸せでありますように。

 

リーフレットのリニューアルに伴い、イラストを一新しました。モデルになってくれた子たち、ご家族のみなさまありがとうございました。

 

虹の架け橋ぷう

https://nijinokakehashi-poo.info/

今日もキミが主役です。

動物病院で何度もお見かけする方がいらっしゃいました。
雨の降る日も、真剣に看護師さんに相談する懸命な姿は、自分の姿にも重なり…
また、毎日通い詰めていらっしゃるのかと思うほど、お見かけすることが多く、ついに話しかけてしまいました。

「介護のサポートやアドバイスをしてくださる、専門の方々もいらっしゃいますよ。ご相談されてみてはいかがでしょうか?」

葬儀屋である私に話しかけられては縁起でもない…と不快にしてしまわないかと思い名乗りませんでした。

それから数ヶ月が経ちました。

15年前、夢に見ていました。妄想してしまうほどワンちゃんとの暮らしに憧れていました。まだ見ぬ子に名前もつけ、さらに夢は膨らみました。
そしてついに現実となり、その子中心の生活が始まりました。

やんちゃな幼少期、笑顔の可愛いぱつんぱつんな青年期。

いつも誰かのそばにいるキミ。
日向ぼっこが好きなキミ。
新品のおもちゃは喜んで遊ぶけれど、すぐに飽きてしまうキミ。
ちょっとツンデレなキミ。

ワンちゃんが苦手だったお母さんもメロメロになりました。

おじいちゃんになっても、寝たきりになってもずっと可愛いままです。
いえ、可愛さは無限で、ますます可愛くなるばかりでした。

家族のサポートが必要になり、できることはなんでもしました。家には誰かがいるようにし、ひとりにすることはほとんどありませんでした。どんなに手がかかってもいい。だからまだそばにいてね。

明日も明後日も幸せな時間を共に過ごせますように。

喜んで食べてくれた蒸しパンも食べられなくなり、そして…。

大好きな家で、キミを大切に想う家族が見守る中、キミは長い眠りにつきました。

あれから数ヶ月が経ちましたが、今もみんなの心の大事なところにあの子がいます。
忘れるわけないよ。
今もこれからも大好きだよ。

生まれてきてくれて、一緒に生きてくれてありがとう。
悲しみよりも、愛おしい気持ちの方が強い。そんな存在になってくれてありがとう。

あの日もらっておいた、尻尾のお骨は勾玉に。

少し硬い毛は触れられるチャームとお守りに。

大好きな鼻はタイルに。

立派な肉球もタイルに。

宇宙球にもお骨を納めました。

これからフォトフレームもつくります。

まだまだ泣いてしまうし、これからも泣くと思う。でも、キミを想うと笑顔にもなれるんだよ。重いなんて思わないよね。溢れる愛情、笑って受け止めてね。

可愛くて可愛くて。大好きで大好きで。これからもずっと、私たちのかけがえのない宝です。